新約聖書によると、キリストの父であるヨセフはダビデ王の子孫です。具体的には、マタイによる福音書1章1-16節とルカによる福音書3章23-38節に系図が記載されていますが、両者の系図には若干の違いがあります。
マタイによる福音書では、ヨセフはダビデから数えて28代目とされています。一方、ルカによる福音書では、ヨセフはダビデから数えて42代目とされています。この違いは、マタイがヨセフの法的な系図を、ルカが生物学的な系図を記しているためと考えられています。
したがって、ヨセフはダビデから数えて28代目または42代目の子孫とされています。
ソロモンの血筋だったのは、母のマリアですか?父のヨセフですか?
イエス・キリストは、父のヨセフの血筋がダビデとソロモンを通じて伝えられているとされています。一方で、母のマリアもダビデの血筋とされますが、ソロモンではなく、ダビデの別の息子であるナタンを通じた血統であるとする伝承が一般的です。
この系譜は新約聖書の**マタイによる福音書(1章)とルカによる福音書(3章)**で示されていますが、2つの記述には違いがあり、マタイではヨセフを通じた血筋、ルカではマリアの血筋が強調されると解釈されることもあります。
まとめると、ヨセフはソロモンを通じた王族の系譜を受け継ぎ、マリアはナタンを通じたダビデの血筋を引いているという形になります。このようにして、イエスの血統は両親ともにダビデにさかのぼるとされます。
だからルカ書のマリアの血筋の方が、納得感があるんじゃないですか?でも神話がかった歴史書って男系の血筋が重要視されるから、マリアだけのダビデの血筋だと弱いのかな?
おっしゃる通り、新約聖書の記述をそのまま受け取ると、ヨセフはイエスの養父であって実父ではないとされるため、DNA的にダビデの血筋を継いでいるのはマリアを通じた可能性のほうが納得感があります。
ルカ書でマリアの血筋がナタンを経由してダビデにさかのぼるとされる点は、イエスを「ダビデの子」とする説明において非常に重要です。
ただし、古代の社会では男系の血統が象徴的に重要視されていました。ヨセフがイエスの養父であることを強調することで、形式的にはソロモンを通じた王族の正統性をイエスに与えたのです。この「形式的な血統」と「実際の血筋」を併存させることで、宗教的にも社会的にも納得させる仕組みが作られたのでしょう。
要するに、神話的な物語の中では男系が重要視されつつ、実際の信仰的なメッセージとしてはマリアの血筋を強調することで、イエスがダビデの子である正統性を補強しているのだと思います。両方を採用することで矛盾を乗り越えようとしたのが聖書の構造ですね。
はい、新約聖書には、イエスの兄弟や姉妹についての記述があります。これに基づき、多くの解釈では、マリアとヨセフの間にイエス以降に実子が生まれたとされています。
例えば、マタイによる福音書13:55-56やマルコによる福音書6:3では、イエスの兄弟として以下の名前が挙げられています:
ヤコブ
ヨセフ(ヨセまたはヨセス)
シモン
ユダ
また、「姉妹たち」についても言及がありますが、具体的な人数や名前は記されていません。この記述から、少なくとも4人の弟と複数の姉妹がいたと推測されています。
しかし、これをどう解釈するかは宗派によって異なります。
カトリック教会や正教会は、マリアの「永遠の処女性」を支持し、これらの兄弟姉妹をヨセフの先妻の子供、あるいは「従兄弟姉妹」と解釈します。
プロテスタントでは、これらをマリアとヨセフの実子とする解釈が一般的です。
結論として、新約聖書の記述をそのまま読むと、イエスに少なくとも6人の弟妹がいたと考えられますが、その解釈は信仰の立場によって異なります。
ルカではマリアの血筋が強調される
マリアの血筋ではなくて、ヨセフの血筋ではないですか?たしかにナタンの子と書いてありますが。
おっしゃるとおり、ルカによる福音書3:23では、ヨセフの系譜が記されています。「ヨセフの子と考えられていた」と始まり、系譜がダビデの息子ナタンにさかのぼる形になっています。この記述は確かにヨセフの血筋をたどっています。
ルカ書でマリアの血筋が強調されるという解釈は、直接の記述には基づいていませんが、一部の解釈では次のように補足的に説明されます:
系譜は実際にはマリアのものであり、ヨセフは「マリアの夫」として象徴的に名を記された。
マタイが王族の血統(ソロモン)をたどる一方、ルカはナタンを経由する別の血筋を示し、ダビデ家の全体的な正統性を補完しようとした。
しかし、本文そのものはヨセフを中心に記述されており、「マリアの血筋」と断言する直接的な根拠は聖書にはありません。この点が議論の分かれるところです。
おっしゃるとおり、ルカ1:27では「ダビデの家系のヨセフのいいなづけである処女マリア」と記されています。この記述もヨセフの血筋がダビデの家系であることを明確に示しており、マリア自身の血筋については直接言及されていません。
このように、聖書本文の記述をそのまま読むと、ルカ福音書でもヨセフの血統が強調されています。ただし、ヨセフが養父であることを踏まえると、イエスがダビデの家系とされる正統性は形式的(法律上)なものであることになります。
そのため、一部の解釈ではマリアもダビデの家系である可能性を推測しますが、聖書自体には明確な記述がないため、これは後世の補完的な解釈に過ぎません。ルカ福音書は、基本的にヨセフを通じた血筋を記録していると考えるのが自然です。
その通りです!マタイとルカの福音書では、イエスの誕生や幼少期に関する物語が描かれています。一方で、マルコとヨハネはイエスの公の活動を描くことに焦点を当て、イエスが成人した状態から物語が始まります。
各福音書の特徴:
マタイ:ユダヤ人向けで、系図や東方の博士など、メシアとしてのイエスを強調。
ルカ:異邦人向けで、マリアの視点や羊飼いの訪問など、普遍的な救い主を強調。
マルコ:最初からイエスの活動に焦点を当て、洗礼から公生涯がスタート。
ヨハネ:イエスの神性に重きを置き、「初めに言葉があった」から始まり、誕生や幼少期は触れない。
この違いは、それぞれの福音書が意図する読者層や目的に応じて内容を選んでいるためです。
その通りです。マタイとルカでイエスの父ヨセフの血筋が異なるのは大きな矛盾点として議論されています。この矛盾については、以下の可能性が考えられます:
どちらかが誤っている:マタイとルカの系譜のどちらかが、伝承の過程で間違いや別の解釈を反映した可能性があります。
両方が寓話的な意図:両方とも歴史的な正確性よりも、神学的メッセージ(イエスがダビデの家系に属するという象徴)を伝えるために書かれた可能性があります。
法律上と血統上の違い:一部の解釈では、マタイは「法律上の父としてのヨセフ」、ルカは「実際の血統に基づく母マリアの家系」を示していると主張する説もあります。
矛盾がある以上、どちらか、または両方とも史実とは異なる可能性が高いと考えることも妥当です。
マタイとルカの系譜において、ダビデからイエスの父ヨセフまでの世代数を時間的に検証すると、矛盾が生じる可能性が指摘されています。
マタイとルカの系譜の違い
マタイ
ダビデからヨセフまでの世代は約28代(マタイ1:1-17)。
ルカ
ダビデからヨセフまでの世代は約41代(ルカ3:23-38)。
時間的矛盾の可能性
ダビデ王が生きたのは紀元前1000年頃、ヨセフは紀元前4年頃にイエスの父として記録されています。
これを基に計算すると:
マタイの28代では、1世代あたり約35年必要。
ルカの41代では、1世代あたり約25年必要。
問題点
マタイの計算
35年/世代は通常の人間の寿命や繁殖年齢を考えると長すぎるため、世代が飛ばされている可能性が高いです。
ルカの計算
25年/世代は平均的ですが、記録された41代が本当に正確かは議論の余地があります。
矛盾の原因
どちらの系譜も、神学的意図で祖先を象徴的に選んだり、世代を省略している可能性があります。これにより、時間的に完全な整合性が取れないと考えられます。
結論
ダビデからヨセフまでの系譜において、歴史的正確性を保証するには困難があり、矛盾が生じている可能性が高いです。