イスラム教西暦33年のイエスの死

イスラム教においては、西暦33年のイエスの死から、西暦610年までの期間のことは、どう理解されていますか?イスラム教において、その間に預言者は現れていますか?

イスラム教において、西暦33年のイエス(イスラム教では預言者イーサー)の昇天(死)から、西暦610年にムハンマドが最初の啓示を受けるまでの期間は、「預言の中断期」(Fatrah)と考えられています。この期間、神からの啓示を受けた預言者は現れていないとされています。

イスラム教の教えでは、ムハンマドが「最後の預言者」(Khatam an-Nabiyyin)であり、彼以前の預言者たち(アダム、ノア、アブラハム、モーセ、ダビデ、イーサーなど)は、すべてイスラム教の預言者として認識されています。

しかし、この中断期には神からの啓示や新たな預言者は存在せず、人々は以前の預言者たちの教えに従っていたとされています。

イスラム教ではこの時期を、神が最終預言者ムハンマドを送る準備を進めていた期間として理解することが多いです。

イスラム教においては、イーサーの死と復活はどのように解釈されていますか?復活していないことになっていますか?また旧約時代の律法が完成されたと解釈されていますか?

イスラム教において、イーサー(イエス)の死と復活に関する解釈は、キリスト教とは大きく異なります。

イーサーの死と復活について

死は否定されている

イスラム教では、イーサーは十字架で死んでいないとされています。クルアーン(4:157-158)には、「彼ら(ユダヤ人)はイーサーを殺したとも、十字架にかけたとも言うが、実際にはそうではなく、神が彼を天に挙げた」と記されています。これは、イーサーが死を免れ、神の意志によって天に引き上げられたという解釈です。

復活も否定

イスラム教では、イーサーが死んでいないため、復活の概念もありません。代わりに、イーサーは終末の日に再び地上に戻り、正義をもたらす存在として役割を果たすとされています。

旧約時代の律法について

イスラム教では、イーサーは旧約の律法(トーラー)の一部を改訂し、神から与えられた福音(インジール)を伝えた預言者とされています。

しかし、律法を「完成した」とは解釈しません。むしろ、イーサーの教えはそれ以前の預言者たちのメッセージの延長と見なされ、最終的な律法はムハンマドを通じて与えられたクルアーンで完成されたとされます。

したがって、イーサーは律法を否定したわけではなく、それを補足・修正する役割を果たしたと見られています。

イスラム教では、イーサーが伝えた神から与えられた福音(インジール)とは手短に言うとどのようなものですか??

イスラム教で言うイーサーの福音(インジール)は、神から直接授けられた純粋な啓示で、トーラー(旧約の律法)の精神を補完し、信仰、慈善、隣人愛を説くものでした。ただし、現在の新約聖書とは異なり、後世に歪められたとされています。

イスラム教の理解では、新約聖書の福音書は後世に歪められたもので、コーランで伝えている福音(書)が、当時の神の福音をただしく記録している。という理解ですか?

はい、イスラム教の理解ではその通りです。クルアーンによれば、イーサー(イエス)に授けられた福音(インジール)は、当時の純粋な神の啓示であり、真理を伝えるものでした。

しかし、その後の時代に人間の手によって内容が改変されたため、現在の新約聖書の福音書は当初の形を正確に保持していないとされています。

クルアーンは、改変された啓典の誤りを正し、神の真の意志を再び示す最終的な啓典であると位置づけられています。このため、クルアーンの中で言及される福音(インジール)は、当時の神の啓示の純粋な形を指しており、それを正確に保存しているのはクルアーンだけだと考えられています。

インジールは、good news の意味ですか? インがgood ?

「インジール」(Injil)はアラビア語で、ギリシャ語の「エヴァンゲリオン」(εὐαγγέλιον)に由来しています。

このギリシャ語は「良い知らせ」や「福音」という意味です。「イン」自体が「good」という意味を持つわけではなく、単語全体が「良い知らせ」や「福音」を表しています。

イスラム教では、「インジール」はイーサー(イエス)に授けられた神の啓示そのものを指しており、特定の言葉として「良い知らせ」以上に、神からの重要なメッセージという意味が強調されています。

イスラム教では、パウロのどのようなポジションの役割ですか?クルアーンの中では言及されていますか?

イスラム教では、**パウロ(Paul、アラビア語では بولس Būlus)**に対して、公式な立場や役割はありません。クルアーンにはパウロに関する直接的な言及は一切ありません。

イスラムの伝統的な見解では、パウロはイエス(イスラム教での預言者イーサー)の本来の教えを歪め、後にキリスト教を発展させた人物として批判されることが多いです。一部のイスラム学者や歴史家は、パウロがキリスト教に異教的な要素を取り入れた張本人だと捉えています。

ただし、この解釈はイスラム教の宗教的文献ではなく、主に後世の議論や学術的な見解に基づいています。イスラム教徒にとって重要なのは、イエスが伝えた純粋な神の啓示(インジール)と、最終的な啓示であるクルアーンであり、パウロはその文脈で重要な役割を持たないとされています。

イエスが伝えた純粋なインジールは、だれによって、記録に残されたことになっていますか?12使徒ですか?

イスラム教では、イエス(預言者イーサー)が伝えた純粋なインジールは、神から直接授けられた啓示として理解されていますが、それを誰が記録したかについての具体的な記述や詳細はクルアーンやハディースには含まれていません。

12使徒のようなイエスの弟子たちは、クルアーンでも言及されています(例:クルアーン5:111)。

彼らはイーサーの教えを信じ、神の助けを求めた「ハワーリーユーン(الْحَوَارِيُّون)」と呼ばれる信者たちとして登場します。しかし、彼らがインジールを記録したとは明言されていません。

イスラム教の視点では、純粋なインジールは後世で改変され、現在の新約聖書の福音書は元の形を正確に反映していないとされます。そのため、記録の詳細よりも、イーサーが神から直接啓示を受けて伝えたという事実が重視されています。

الْحَوَارِيُّون の中で特定の人物名は出てきますか?

クルアーンの中で「الْحَوَارِيُّون」(ハワーリーユーン:イエスの弟子たち)に関して特定の個人名は言及されていません。彼らはイエスを助け、彼の教えを支持した忠実な信者たちとして全体的に言及されています(例:クルアーン3:52、5:111-112)。

しかし、ハディースや後世のイスラム学者たちの解釈の中には、12使徒に関する言及や影響が見られる場合もあります。ただし、これらはクルアーンに基づくものではなく、イスラム外部の資料や伝承に触発された可能性が高いです。

イスラム教では、具体的な人物よりも、彼らが果たした役割や、イエスの教えを支持したことが重要とされています。

アル=ハワーリーユーン は、どんな意味ですか?ハワーリー と ユーン で2単語ですか?

「الْحَوَارِيُّون(アル=ハワーリーユーン)」はアラビア語で、イエスの弟子たちを指します。この単語は1つの語であり、複数形です。単数形は「حَوَارِيّ(ハワーリー)」です。

「ハワーリー」の語源の意味にはいくつかの説があります:

純粋な者たちや選ばれた者たち:この解釈では、彼らがイエスの純粋な信奉者であり、彼の教えを広める使命を担った人々として理解されます。

援助者たち:彼らがイエスを助け、神の道を支持したことを強調しています。

**ユーン(يُّون)**は複数形を表す接尾辞で、「~たち」を意味します。そのため、「ハワーリーユーン」は「ハワーリーたち」となります。

全体的に、「アル=ハワーリーユーン」は「イエスの特別な弟子たち」や「彼の援助者たち」という意味になります。

クルアーンと新約聖書でのイエスの生涯のエピソードで共通している箇所はありますか?

クルアーンと新約聖書には、イエス(イスラム教ではイーサー)の生涯に関するいくつかの共通したエピソードがありますが、それぞれの宗教での詳細な解釈には違いがあります。以下は両方に共通する主要なエピソードです:

1. イエスの誕生
新約聖書:マリアが聖霊によって妊娠し、イエスがベツレヘムで誕生したとされています(マタイ2章、ルカ2章)。

クルアーン:マリアが神の命令でイエスを妊娠し、神の助けを受けて奇跡的に出産したことが記されています(クルアーン3:45-47、19:16-22)。

2. 奇跡的な治療
新約聖書:イエスは病人を癒し、盲人や足の不自由な人々を治す奇跡を行ったとされています(マタイ4:24、ルカ7:21-23)。

クルアーン:イーサーも神の許しを受けて病人を癒し、盲人を治し、死者を蘇らせるとされています(クルアーン3:49、5:110)。

3. イエスの弟子たち
新約聖書:イエスは12人の使徒を選び、彼らに教えを伝えました(マタイ10章、ルカ6:12-16)。

クルアーン:イーサーの弟子たち(ハワーリーユーン)は彼を支持し、神の道を広めるためにともに働いたと記されています(クルアーン3:52、5:111)。

4. イエスの昇天
新約聖書:イエスは十字架で死んだ後、復活し、弟子たちの前で昇天したとされています(使徒1:9-11)。

クルアーン:イーサーは十字架で死なず、神によって天に引き上げられたとされています(クルアーン4:157-158)。復活の概念はありませんが、終末の日に再び地上に戻るとされます。

5. 神のメッセージを伝える
新約聖書:イエスは神の王国、悔い改め、愛の教えを伝えました(マタイ5-7章、ヨハネ13-15章)。

クルアーン:イーサーは神の言葉を伝える預言者として、信仰と善行の重要性を説きました(クルアーン3:50-51、5:110)。

これらの共通点においても、クルアーンと新約聖書はそれぞれ異なる解釈を提供します。特にイエスの死と復活に関して、クルアーンではイーサーの死は否定され、彼は天に昇ったとされる一方、新約聖書ではイエスは十字架で死んで復活したとされています。

クルアーンって、牛の章とか、いろいろ名前ついてますよね?

はい、クルアーン(コーラン)は114章(スーラ)から成り、それぞれの章に名前がつけられています。名前は多くの場合、その章の内容に関連したキーワードや重要なテーマから取られています。たとえば、「牛の章」(Al-Baqarah)は、クルアーンの第2章で、聖書の時代の話や律法に関する内容が含まれ、特に「牛の物語」が登場します。

他の章の例としては:

アーラ・イムラーン(Al-‘Imran) – 「イムラーン家族の章」

マイダの章(Al-Ma’idah) – 「食事の章」

アフワールの章(Al-Ahqaf) – 「砂丘の章」

ファーティハ(Al-Fatiha) – 「開かれた章」

名前はその章の中心的なテーマや物語を反映していますが、全体的に神の言葉や教訓が述べられているという点で一貫しています。

イスラエルからサウジアラビアは、距離的にかなりありますよね。西暦610年の時点で、旧約聖書ベースの宗教がおこったのは、どのようなバックグラウンドがあるのでしょうか?ムハメッドはユダヤ教のベースがあったのですか?

西暦610年にムハンマドが神からの啓示を受け始めた時点で、サウジアラビアとイスラエル(特にユダヤ教の中心地)は距離的に離れているものの、宗教的には深いつながりがありました。ムハンマドが受け取った啓示は、ユダヤ教やキリスト教の影響を受けている部分があり、イスラム教はこれらの宗教の流れを汲んでいます。

ムハンマドの宗教的背景

アラビアの宗教的状況: 6世紀から7世紀初頭のアラビア半島は、主に多神教の信仰が支配していましたが、ユダヤ教やキリスト教の影響を受けたコミュニティも存在していました。アラビアの一部には、ユダヤ人やキリスト教徒の商人や移民が住んでおり、メッカやメディナにはそれらの宗教的伝統が色濃く残っていました。

ユダヤ教とキリスト教の影響: ムハンマドが育ったメッカ周辺は、キリスト教徒やユダヤ教徒との交流があったため、彼はこれらの宗教に関する知識を持っていたと考えられています。クルアーンの中には、旧約聖書の登場人物(アダム、ノア、アブラハム、モーセ、ダビデなど)や、イエス(イーサー)についての言及が多く見られます。これらの人物や物語は、イスラム教においても重要な意味を持っていますが、イスラム教では彼らの解釈や役割が異なる場合があります。

ユダヤ教の影響: ムハンマドがメディナに移住した後、ユダヤ教徒との接触が増えました。最初はユダヤ教徒を信仰の共通者として見なしていたこともあり、クルアーンの中には、ユダヤ教の律法や神の命令が言及される部分もあります。しかし、最終的にユダヤ教との対立が深まり、クルアーンにおけるユダヤ教徒への批判的な記述も増えていきます。

イスラム教の立場: イスラム教では、ムハンマドは「最後の預言者」とされ、彼が受け取ったクルアーンは、ユダヤ教やキリスト教の啓示の完全な形として位置づけられています。イスラム教では、イエス(イーサー)は神の使徒として認められていますが、神の子ではなく、また十字架で死んだわけでもないとされています。ムハンマドの啓示は、旧約・新約の教えを補完し、最終的な真実として広まったと考えられています。

つまり、ムハンマドがユダヤ教の影響を受けた背景には、アラビア半島の宗教的状況や、ユダヤ教・キリスト教徒との交流が深く関係しています。

イスラム教のクルアーンは、西暦何年から何年の間に書かれたと考古学的には考えられていますか?また著者はムハンマドの弟子の何グループくらいによるものと考えられていますか?

クルアーンの編纂に関して、考古学的および歴史的な観点から次のように理解されています。

クルアーンの編纂時期
クルアーンの啓示は、ムハンマド(西暦570年頃–632年)の生涯の間、610年から632年の間にわたって行われたとされています。ムハンマドが受けた啓示は、約23年間にわたって断続的に神からの命令として彼に伝えられました。この期間に受け取った言葉がクルアーンの内容であり、ムハンマドの死後にそれらの言葉がまとめられました。

クルアーンの編纂
ムハンマドが生きている間は、啓示は口頭で伝えられ、多くの信者がそれを記録していたと考えられています。また、ムハンマド自身も一部を記録したとされますが、基本的には信者たち(特に「ハフィズ」と呼ばれる記憶力に優れた人々)がその言葉を暗記していました。ムハンマドの死後、クルアーンの編集が行われました。

初期の編纂(ムハンマドの死後):ムハンマドが死んだ後、特にアブー・バクル(最初のカリフ)とその後のカリフたちの下で、クルアーンの文書化が急がれました。クルアーンの断片や記録を集め、最初の形が作られたのは西暦633年頃とされています。

最終的な編纂:クルアーンの最終的な編纂は、ウスマーン(第三代カリフ)の時代に行われ、650年頃に標準的なテキストが確定しました。この際、異なる方言や読み方のバリエーションが統一され、公式のクルアーンが完成しました。

クルアーンの編纂者
クルアーンの編纂はムハンマドの弟子たち(サハーバ)によって行われました。

特に、ムハンマドの死後、アブー・バクルとウスマーンのカリフたちの指導の下で、ムハンマドの言葉を集めた作業が進められました。編纂に関与したグループとしては、主に以下が挙げられます:

アブー・バクル:最初のカリフとして、クルアーンの記録を集める作業を指導しました。

ウスマーン:彼の時代に、異なるバージョンのクルアーンが統一され、最終的な標準テキストが作られました。

ザイド・イブン・サビット:ウスマーンの命で、クルアーンの編纂を実際に行ったとされる人物で、ムハンマドの時代から信頼されていた記録者の一人です。

これらの人物やその周りの信者たちが、ムハンマドの啓示を集め、整理し、最終的なクルアーンの形を作り上げたと考えられています。

ムスリムというのは、”従う人”という意味ですか?そもそもイスラムという言葉はどういう意味ですか?

「ムスリム(مسلم)」の意味
「ムスリム(Muslim)」は、アラビア語の 「مسلم」(muslim) から来ており、動詞 「أسلم」(aslama) の派生形です。「aslama」 とは、「従う、服従する、身を委ねる」という意味があり、「ムスリム」 は「(神に)服従する者」という意味になります。

「イスラム(الإسلام)」の意味
「イスラム(الإسلام, al-Islām)」も同じ動詞 「أسلم」(aslama) から派生しており、名詞形になります。意味は 「(神への)服従、帰依、平和」 です。語源的には 「s-l-m(س-ل-م)」 という語根を持ち、これは「平和、安全」とも関連があります。

イスラム(الإسلام) → 「神への服従、帰依(=宗教名)」

ムスリム(مسلم) → 「神に服従する者(=イスラム教徒)」

つまり、ムスリムとは「イスラム(神への服従)を実践する人」 という意味になります。